
丁度良いスレがあった・・・子供のころ、幼稚園の時に体験した事。
誰かに打ち明けたかった。なるべく手短に済ませまつ(`・ω・´)。
俺(今32才♂)が幼稚園のころ、埼玉県の吉川って所に住んでた。
今はどうだか知らないけれど、当時は田んぼの真ん中に団地がちょっと固まってるぐらいで、夜なんて街灯もほとんど無く、真っ暗だった。
団地の敷地から一歩出ると、地平線が見えるぐらいだった。
俺は子供の頃、良くラップ音を聞いたり、仕事に出ていたはずのオヤジの声に呼ばれたと思ったら、そのオヤジから電話がかかって来たりとか、幽霊みたりだとか、不思議な体験が色々あった。
今でも、知らない町を散策(趣味w)してる時に、ふと脚を止めると花束のまん前、なんて事が良くある。
あの頃に比べたら、今は何も起きていないに等しいが。
んで、ある日夕暮れ。
いつもの公園で遊んだ帰り、いつものようにいつもの曲がり角を曲がった。
その角の先には、俺の住んでいた棟があって、家までほんの少し、のはずだった。
薄暮ってのは、(俺の経験上だけれども)真夜中よりも、妖しいことやモノに出くわすから、俺はせき立てられるように、安全で暖かい家を目指して、一生懸命走ってた。
んで、角を曲がった瞬間、俺は立ち尽くした。
そこにあったのは、見慣れた団地の棟ではなくて、見たことの無い風景だったからだ。
長くなったんで続く・・・いいかな?
608 2/3 sage2005/10/09(日)02:01:44ID:rl3yKNJw0
続き
そこにあった風景は、絵であれば詳細に書けるぐらい、網膜に焼き付いているんだけれど、文章で上手く表現できるのかわからない。
突然目の前に開けた空間には、なんと言うか、黄砂でかすんだような、明るい黄色に茶を混ぜたような色の空が広がり、空間の3分の1ぐらいの所に地平線があって、空との境目は、まるでエアブラシをかけた様にぼやけていた。
地面は今思えば砂のような感触で、子供用の薄い靴の底がとても冷たかった。
右手には太い、鉄色のパイプを複雑に絡み合わせた建造物があって、左手にはガラスかそれに近い、透明の棒で組まれた、少しいびつで、不規則に組み上げられた巨大なジャングルジムのようなビル、もしくはビルのようなもの。
冷たい風が強く吹いていたけれども、砂や埃は舞っていなかった。
寂しい光景だった。
砂と、地平線と明るいけれども茶色の空と、無機的な二つの建物しかなかった。後ろは振り向けなかった。怖かった。
同じ風景が続いていたら、多分耐えられなかったと思う。
そのまま、一、二歩踏み出した。もう家には帰れないと思った。
そうしたら、コケた。
609 3/3 2005/10/09(日)02:03:28ID:rl3yKNJw0
さらに続く
コケて、ヒザ小僧をガツンとぶつけたのは、団地の階段だった。夢中で駆け上がったよ。(俺の家は5階だった)
家に飛び込むと、ベッドに飛び込んで布団を頭からひっかぶって、泣いた。
怖かったんじゃなくて、無性に哀しかったら、声を絞って、ただひたすら泣いた。
その体験以降、俺の中で何かが欠け落ちた。この直後小学校に上がって、俺は千葉県の習志野市に引っ越すんだが、小学校と中学校の記憶がほとんどない。
母親に言わせると、すぐ風邪を引くヤワな子供になってしまったらしく、さらにはあまり笑わなくなったそうだ。
あんた、あんなに可愛かったのにねぇ、どうしたのかしら、と良く笑われるよ。
九九を覚えたり、文字を覚えたりするのも、極端に遅かったらしい。
ようやく記憶が確かになるのは高校以降で、あの体験以前の幼かった俺と、その時から今の俺には、埋めようの無い断層がある。でも、それはしょうがない。
いまさら取り戻せる性質のものではないから、諦めるしかない。
ただ、あの風景、寂しくて、哀しいあの風景が何であったのか、そして、あの風景に落として来てしまった、俺の一部が何であったのか、今でもその疑問は頭から離れる事が無い。
何か、とても大事なものだったように思うのだけれど・・・時折、深い喪失感がみぞおちを抉ることがある。
そのせいかしらんが、俺はまだ毒男w
誰か、コレに似たような体験や話を知っていたら、情報きぼんぬ。
レスが難しかったら、メアド晒すからおながいします・・・
m〇〇〇w@yahoo.co.jp
※メアドは伏せさせてもらいました
(長文スマソ&読んでくれた香具師ありがとう。)
転載元:【異次元?】時空の歪みpart3【神隠し】

コメント
コメント一覧
いやまぁ、良いんだけどさ
視覚(と聴覚?)が未来を映していたが他は現在にあった。
だから階段で足を引っかけた。そこで感覚に齟齬が生じてすべてが現在に戻った。
建物は廃墟、核戦争によって溶けた建物群。
それを直感で悟った主は積極的に生きることを放棄してしまった。
潜在意識の中にあるそれをいまだに気づくことができないまま生きている。
母と2人で号泣しました。
2年経ったようですが、その後どうですか?
幸せになって欲しいと、心からそう思います。
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