東京

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仙台坂1/2 :2009/09/07(月)14:20:19ID:dgEqPrKa0
昔、麻布の仙台坂というところに住んでいたことがある。

大使館や寺があちこちにある、静かな町だ。俺が住んでいたのは、麻布の谷間に沈むようにある墓場のそばの、じめじめした小さなアパートだった。

ある日、会社に何日か泊まり込んで仕事をしていた俺は、久しぶりに終電でアパートに帰った。家に入ろうとして、アパートの鍵を会社に忘れたことに気がついた。

今から友人のところに行くのも迷惑だし、ホテルに泊まるほどの持ち合わせもない。なにより俺は疲れていた。

部屋の前に駐めてあるバイクのカバーをはがすと、俺はその中にもぐり込んだ。キャンプ好きな俺は、野宿には慣れていた。

コンクリートは野山の土に比べれば固かったが、とりあえず体を伸ばすだけのスペースはあった。隣の住人が見たら仰天するかもしれないが、その時はその時だ。

どれだけ眠ったのか。俺は、人の気配で目が覚めた。誰かが近くにいて、こちらをうかがっている。

バイクのカバー越しだが、誰かの存在が感じられた。警察や近所の住民だったら面倒だ。説明くらいしなければなるまい。俺は、バイクのカバーから顔を出した。

女がいた。

俺の頭のすぐ上に立ち、体を少し降り曲げて、無表情にこちらを見つめていた。長い髪が、服や顔にからみつくように乱れていた。

血まみれだった。血で濡れた顔の中に、大きく開いた目が光っていた。白い服が、血や泥で汚れていた。それ以上、見ている余裕はなかった。


94:仙台坂2/2:2009/09/07(月)14:22:30ID:dgEqPrKa0
俺はバイクのカバーにもぐり込んだ。全身が総毛立っていた。

ものすごい勢いで心臓が脈打っている。目が一気に醒めていくのがわかる。気のせいだ。気のせいだよな。疲れてるんだよ。俺はそう思った。

でも、カバーを再び開けて、外を見る気にはなれなかった。カバーの外には、あいかわらず何かの存在が感じられた。今、外に出たらあれがいる。

そのまま、まんじりともせずに過ごした。

どれくらいたったのか。いつしか、鳥の声が聞こえてきた。それでも俺は、隙間から夜明けの光が射し込んでくくるまで、カバーの中から動けなかった。

しばらくして、俺はそのアパートを引き払った。その夜のことは、疲れて幻を見たんだろう、と思っていた。

数年後。
俺は東京の怪談を扱った本を立ち読みしていた。ふと気が向いて索引(さくいん)を見ると、仙台坂の項目があった。俺がページをめくると、

「交通事故にあった、母子の幽霊が出る」

と、ごく簡略に書かれていた。

俺の体から、冷や汗が吹き出した。あの夜の情景が、一気によみがえった。そうだった。あの女の胸元には、体を埋めるように抱かれた、小さな女の子がいた。

…あれは、幻ではなかったのか。





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