これは四国の某海岸で聞いた話です。
毎年お盆になると海で死んだ人のために陰膳というものをするそうです。
供養のために離れとか、仏間においておくそうです。
時々そのご飯が少しだけなくなっているとか
当然、猫とか誰かのいたづらなんでしょうが。
僕の友人の家でも、なくなったおじいちゃんあてにお膳を仏間に
毎年置いてあったそうです。
ある年の夜、「くちゃくちゃ」という音で目さめた友人は音の
するほうにいきました。すると仏間から聞こえてきます。
思わず、戸の隙間からあけて見ると、黒い影がしきりご飯を食べて
いるそうです。長い舌でご飯をくちゃくちゃとなめまわしているそうです。
怖くなった友人は思わず誰だって叫んだら、その影がふりむきました。
するとその顔は生きているはずの父でした。
恐怖とおどろいたので気が遠くなった友人は朝まで失神しました。
翌朝目がさめてみると誰もいません、仏間のご飯もそのままです。
彼の父親も普通どおりでした。
あれは真夏の夢だったんだと思い、学校にいったそうです。
そして彼が学校から帰ってくるやいなや、突然彼の父が職場でなくなった
という電話が入りました。
彼は今でも思うのです。あれは死神が見せてくれた予言だったのでしょうか。
引用元:http://toro.5ch.net/test/read.cgi/occult/1038436656/


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本願寺は「お仏飯」「おぶく様」って言うけど、禅宗は漆塗りの御膳にお食事を盛るよ。亡くなった人のお食事だから「陰膳」て言うよ。
って、禅宗に嫁いだ近所の姉ちゃんが教えてくれた。
姉ちゃんは陰膳の習慣が身につかなくて、舅さんに虐められて出戻って、本願寺のお宅に嫁いでったから、すごい覚えてる。
核家族の仏壇なんか無い家に行けば良かったのに
家を離れてる人の安全祈願のおまじないみたいなものだったと思うけど。たしか火野葦平の小説で、出征中の息子達の無事を願う母親が、毎日息子達の陰膳を据えるって下りがあった。
ちなみに実家の壇那寺は禅宗(曹洞宗)だったけど、陰膳なんてそこでは一度たりとも聞いたことない。たしかにお盆のときとかは仏前に普段と違う食事上げてたし、その時の食器は専用のミニチュア漆器ではある。(普段はお茶、ご飯のみ、水でなくお茶はおそらく我が家の独自規定)で、宗旨替えした今もそれは続けてるっぽい。
離島とか完全に別もんになってる
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