蕎麦屋

15/05/14
JRがまだ国鉄と呼ばれてた頃の話。

地元の駅に蕎麦屋が一件あった。いわゆる駅そば。

チェーンではなく、駅の外のあるお蕎麦屋さんが契約してた店舗で、旨い安い、でも種類がない、おまけに昼はやってないという、趣味でやってるサラリーマンサービスみたいな店だった。

乗り換え駅でもないけど、快速が止まる駅ではあったので、急行普通乗り換えの時間帯や、朝と晩から終電近くまで結構にぎわってる店だった。

ある日、終電後に客がなくなって店を閉めようとしたときに、なじみ客のサラリーマンが食べに来た。だけどこのサラリーマン、食べ終わって駅を出た先で暴走車にはねられて亡くなってしまった。

しかし、翌月の30日深夜に店を閉めようとすると、ちょうど日の変わるところでお客が入ってきた。それが死んだはずのなじみのサラリーマンだったらしい。

ただ、最初は気付かずに注文通りそばを出して、サラリーマンが食べ終わって出ていき、どんぶりをかたそうとしたら、なぜか手がつけられてない(食べてたのは見てたはずなのに)、お金ももらってたはずだけど、計算したら最後のそば分足りない。それで気付いたのだそう。

その後、毎月月末深夜から翌月1日になるときに、なぜかお客が来なくなり、代わりにこのサラリーマンがあらわれるようになったのだそうで、おばちゃんは何も言わずいつも接してたそうですが、あるときふと

「何だい、辛気臭い顔して。そば美味しくなかったかい?」

と声をかけたのだそう。そしたら

「いえ、そばは美味しいです。実は妹が明日結婚でして…」

「何だい、めでたいじゃないか。」

「はい、めでたいのですが、私としては妹を取られたような気がしてちょっと…」

「へぇ、複雑なんだねぇ」

という会話を交わし、その後も食べにくるたびに、ちょいちょいたわいもない話を興じるようになったらしい。

ただ、毎回、初めて会話するような感じで、前回話したことは覚えてないような状態だったそう。

(「妹さんが結婚するんだろう?しゃきっとしなさいよ」というと「えっ?何で知ってるんですか?」みたいな感じだったとか)

そしてその話がどう流れたのか、サラリーマンが亡くなってそろそろ3年という頃に、その妹さんがやってきてそれは兄なので話を聞きたいとやってきた。

実は妹さん、お兄さんとは禁断の関係にあって、もしかしたら自分との関係を清算するために自殺したんじゃないかとずっと悩んでたのだと。

話を聞いて、それが悪質な作り話じゃないと確信した妹さんは、ぜひ兄に会いたいということになり、次に来るであろう時間にバイトとして厨房のほうに入ることになった。

(実際、半信半疑で、悪質な作り話だったら訴えようという心構えだったそう)

そして運命の日、お兄ちゃんが現れていつも通りそばを頼んで食べ始め、おばちゃんと会話を始めたその人が兄だと確信し、妹が話しかけると、お兄ちゃんはびっくりしながらも普通に話し始めたのだと。その会話から

「自殺なんてしない、おまえが幸せならそれを応援する。男としておまえをずっと愛してた、これからは兄としてずっと愛するつもりだ」

と兄妹わだかまりが解けて、するとお兄ちゃんはすっと消えてしまった。

きっとそれを妹に言いたかったのが心残りだった、でもそれを言おうか悩んでた、だからずっと繰り返してたんだろうということになった。

ところが翌月、このお兄ちゃんはまたそばを食べに来た。ただし、覚えてないのはいつもどおりなのに、辛気臭い雰囲気が全くなく、おばちゃんが

「機嫌良いんだね」

というと、嬉しそうに

「明日、妹が結婚するんです!」

と話しかけるような状態で、

「なんだい、そりゃ景気がいい、んじゃあ今日はおばちゃんのおごりだ!」

ということを続けることになったのだと。妹さんに伝えると、

「兄さん、私のこと悩んでたんじゃなくてそば食べたかっただけなの?」

とちょっとがっかりしてたとか。しかし、ある日いつものようにお兄ちゃんが蕎麦屋に来ると、おばちゃんがびっくりして一言。

「あんれまあ、今日は1日じゃなくて29日だよ?」

そう、その日はうるう年、2月29日。そしたら兄ちゃん、びっくりしたように固まったと思ったら、

「ああ、そうか、俺はもう…」

と悟ってしまったのだと。そのまま

「ご迷惑をおかけしました、もう来ることはないと思います」

と帰ろうとしたので、おばちゃんが

「だったら最後に腹いっぱい食ってき!全部おごりだよ!」

と大盤振る舞いしたんだと。そしたらお兄ちゃんも遠慮なく、全種類の具を堪能して、

「じゃあ、行ってきます!」

と元気に出て行ったそう。

当然お兄ちゃんの去った後は手がつけられてないそばの山だったそうですが、それからほんとに兄ちゃんは来なくなったのだそうです。

その後、JRになると同時に店舗契約は打ち切られ、駅そばはなくなりました。その代わりに、駅前の店を深夜まで駅そば価格の専用メニューで開けるようにしたのだそうです。