老人
14/03/09
春の晴れた日のこと。友人宅に遊びに行き、ドアチャイムを押した。友人は在宅のはずだったが、応答がなくシンとしている。

玄関先を離れると、庭におじいさんがいるのが見えた。大きなブリキ製のジョウロに、ホースで水を注ぎ込んでいる。

庭には簡易な造りの台がいくつも並べられており、その上にはシクラメンの鉢植えがずらり。100鉢ほどありそう。立ち去ろうとしていたのだが、目が合ったのであいさつをした。

「こんにちは。〇さんはおでかけ中ですか?」

おじいさんはそれには答えず、ブリキ製のジョウロを手渡してきた。

「向こうから…」

と、台の端を指さすおじいさん。なぜか鉢植えの世話を手伝うことになった。

足つきの陶器の鉢だったり、黒いビニール製のポット苗だったり、シクラメンの花も桃、白、紫とさまざま。たまにシクラメンに似た、だけど葉っぱが違う、別の花がまじっていた。

「全部シクラメンかと思ってました、これカタクリの花ですよね」

返事はない。おじいさんはとても寡黙(かもく)な方のようだ。

「きれいに咲きましたね」

と言うと、無言でうなづいていた。

…という夢をみたんだ。

どこかほほえましい内容だったので、その友人に「こんな夢みたよ、〇さんいなかったけど」とメールを送った。

夢に出てきたのは、友人が以前ひとりで住んでいた家だった。持ち家だと聞いていたが、家族は他県へ移住しており、その後友人も引っ越してしまった。今は空き家になっている。

「出窓に置いてたシクラメンの鉢植えが、今日一輪咲いてた。なんか偶然」

友人から、花の写真が添付された返信がきた。次の日、もう一通メールが届いた。

「じいさんが生きてた頃、自分は覚えてないけど、あの家の庭にカタクリが植えてあったって叔母が言ってる」

夢に出てきたおじいさんの風貌を聞かれたので

「頭頂部不毛、細身長身、すこぶる寡黙。全体的に肌色だったから、ひょっとして全裸だったかも」

と答えた。

「それ全裸じゃなくてラクダの上下。水やり手伝ってくれてありがとう」

と言われた。

単なる夢と偶然と言ってしまえばそれまでだが、何だか嬉しかった。