釘
09/09/08
携帯からで申し訳ないんだけど、紛れもない実話。昔、当時の彼女と、同棲してた時の話。

同棲にいたった成り行きは、彼女が、父親と大ケンカして家出。彼女の父親は大工の親方をしてる昔気質。あまり面識はなかったが俺も内心びびりまくりの存在だった。

仕方ないから彼女と俺のあり金かき集めて、風呂無しぼろアパートで同棲。

しかし最悪のアパートで、ゴキブリは出るし、畳は湿気ですぐ腐るし、上の階に住むバンドマン風の若者は、毎晩、大声で歌の練習をするし、隣に住む老人は薄気味悪いし…

まぁそんな最悪な環境にも、だんだん適応しながら同棲生活を送り、俺は建築現場でバイト、彼女はカラオケボックスの夜勤で生計を立てていた。

住み始めて半年くらいして、変なことがおこり始めた。

ある朝、バイトに行くために、自転車にまたがったんだが、違和感を覚えて、タイヤを確認すると、パンクしていた。その日は歩いて仕事に行き、休日に、自転車屋に行って、修理してもらった。

その店でのパンクの修理はタイヤに穴が多いほど金額が上乗せされるんだが、自転車屋に、誰かのイタズラだろうね。って言われた。

確か、5~6箇所は穴があいてたと思う。クギか何かで刺したらしい。

風呂無しアパートなんで、毎晩、彼女と近くの銭湯に通っていたんだが、自転車の二人乗りで銭湯まで行って、風呂入って、また二人乗りで帰ってくる。

ある日の銭湯からの帰り、二人で銭湯の前に止めてある自転車まで来て、サドルに座ると、また違和感が。案の定、パンクしてた。

後日、自転車屋さんに修理してもらうと、また凄い数の穴があいていた。

また別の日、彼女が自転車に乗って一人で夕飯の買い物に行った時も買い物中にパンク。重い自転車を押して帰宅。

他にも、二ケツで駅まで行って自転車を駐輪場に止め、電車で遊びに行った時も、遊び終えて駐輪場に戻るとパンク。いずれも、多数の穴。

そんな事が定期的に続き、パンク修理のしすぎで、タイヤがボコボコになってしまい、買いかえ。最後の方はもう3台目くらいの自転車になってたかな。

自転車屋いわく、タイヤごと外して新品のタイヤに変える作業に費用払うのと、安い自転車買うのとでは、金額的にあまり変わらないって事だったんで、タイヤがボコボコになって乗れなくなったら買いかえていた。

それにしても無差別のイタズラにしては被害に遭う回数が多すぎるし、ストーキングでもしない限り、こんなに何度も何度も俺たちの自転車を狙えない。

俺も彼女もイラつきのピークだった。二階のバンドマン、隣の部屋の薄気味悪い老人、誰もかれも疑って疑心暗鬼。

極めつけが、レンタカー借りて二人で遠くまで旅行に行った帰り道での事。

高速道路のサービスエリアにあったレストランで夕食を食べた。食べ終えて、車に乗り込み…ん?と、また違和感を覚えた。何かこの車、傾いてない?

車から降りて、恐る恐るタイヤを確認すると、右前後、二つのタイヤがパンク。この時ばかりは、彼女も俺も怒りよりも恐怖を覚えた。

犯人は、俺達の旅行の予定まで知っていて、タイヤをパンクさせるために高速にまで乗る。いったい、どんだけ恨まれてるんだよ俺達、と。

盗聴器を疑い、部屋中のコンセントを分解した事もあったが、それらしき物は何もなかった。

そんなある日、建築現場のバイト中に、俺はケガをした。不注意で、クギを思いっ切り踏んでしまって、病院へ。クギが錆びていた可能性もあるって事で、結構な事態になってしまった。

家に帰り、彼女に一連の事を話した。彼女は俺の傷を心配した後に、何かに気付いて急に暗い顔に。しばらくして、暗い顔のまま言った。

〇〇君がもしタイヤだったらパンクしてたね…

俺もそれを聞いて初めて、このケガと一連のパンクを結びつけた。それまで考えてもいなかった。しかし万が一、俺のケガも一連のパンクと関係あるとしたら、犯人はもはや人間ではないのでは?

そうなったらもう呪いや悪霊のたぐいだ。彼女は今にも泣きそうな顔をしてる。

「考えすぎだろ」

と俺は言った。言ったものの、内心、怖くて仕方なかった。

嫌な事ばかり考えてしまう。例えばこのぼろアパートが呪われてるのでは?とか。けど、一番怖いのは、彼女に被害が及ぶ事。今回は俺がケガをしたが、幸い彼女の身にはまだ何もない。

数週間考えて話し合い、彼女は家出した実家へと戻る事になった。

一人でこのぼろアパートに住むのは怖かったが、俺の実家ははるか地方だし帰れない。新しいアパートを借りる余裕もない。足のケガでろくに仕事もできない。仕方なかった。

しかし、意外なことに、彼女が実家に帰ってからなぜか自転車のパンクは全くなくなった。同棲生活は終わっても彼女との交際は続いていたし、彼女も首をかしげていた。

それからは何事もなく月日がたっていったが、ある日、葬式があった。彼女の父親の葬式。その葬式の時に、彼女と彼女の母親と俺の三人で話す機会があり、その席で妙な話を聞いた。

死んだ父親は、俺の事を相当憎んでいたらしい。大事な娘を奪った男という認識だったようだ。

彼の仕事は大工。大工という仕事は、木材にクギを打ち付ける機会が多い。彼は俺への恨みを込めて、木材にクギを打ち込んでいたらしい。わら人形にクギを打つように。

「そうすると、気分がスッキリするって、あの人、言ってたわ」

そう言って彼女の母親は笑った。ブラックジョークのつもりだったのか?

彼の行動と自転車のパンクや俺のケガに因果関係があるとは思えないが、それを聞いてからは、彼の遺影を直視出来なかった。

以上。ありがとうございました。