
人から聞いた話。
とある山村に5歳と、生まれて間もない二人の兄弟がいて、真昼間にその兄弟の母親が二人を寝かしつけて洗濯物を干してたんだって。
終わって戻ってみると二人の姿がなくて、あわてて探したら庭先からキャッ、キャッって楽しそうな声が聞こえてきた。
庭先を見てみると長男が楽しそうに庭先の水はけ様のミゾの近くで砂遊びをしてるんだが、赤ちゃんの姿が見当たらない。
母親は長男に聞くが、長男は砂遊びに夢中になっているのか聞く耳もたずだった。
探しても探しても見つからないからあせった母親は警察に連絡して、辺りは騒然となった。
でも、警察が調べると赤ちゃんはあっけなく見つかった。長男の遊んでいた所の水はけのミゾに埋められていた。
埋めたのは長男だったんだ。
母親は5歳の長男をとがめた。
「なんでこんな事をしたの!」
って。長男はこう言った。
「みんな こうなる」
その三ヶ月後にその村は大雨による土砂崩れで村の半分が埋まり、多数の死者を出した。
おしまい

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その証拠に、命を賭して命を生み出す女が騙ることはまずないんだと。
自分は木の股から生まれて生まれた時からなんでもできて利口だと思ってる男か、命を生み出したことのない女(昔は巫女や巫蠱になった)が、人の命を弄ぶことの出来る自分を妄想して悦楽を感じたいんだが、それが人の道に反することと分かってるから、邪気のない子供に罪を被せて、隠れ蓑にして、話を作る。
民俗学や文学ではそう言う研究もされていて、心理学にも適用されてる。それを知らないオカルト厨が嬉々として語るのが、現代のオカルト界。
>民俗学や文学ではそう言う研究もされていて、心理学にも適用されてる。
たとえば?
具体的な研究事例を教えてください
ネットにあふれる鬼女の呪詛を見てそう思えるなら実におめでたいことで…
負け犬のエコーチェンバーの果てにあるフェミカス構文で再翻訳された研究とやらに一体何の意味があるのやら
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