骸骨
11/07/02
オレのオカンはいわゆる「霊感」が強い。普段、人に見えないものが見えるらしい。

オカンはお寺の生まれだ。住職はオレの祖父がつとめていた。そんな血筋も「霊感」なるものに影響を与えていたのかも知れない。

そんなオカンは若い頃、都会でお針子(おはりこ)として働いていた。

父親の「女も手に職を付けるべき」という方針でその道の専門学校というか、職業学校へ進み、この地方では最も大きい街で仕事をえていた。

仕事場からさほど遠くない場所にアパートを借り、そこから徒歩で職場に通っていたそうだ。

ある夜、仕事から帰ったオカンはいつもの時間に布団に入り、眠りに落ちた。

すると深夜、

「ドン、ドン」

と何かを叩く音で目が覚めた。最初は眠気が勝って、またスーッと落ちていきそうになったその時にまた

「ドン、ドン」

今度はハッキリとわかった。横を向いて眠っていた自分の背後、しかもすぐ後ろだ。

(え?え?)

するとまた

「ドン、ドン」

布団の中で寝返りを打とうとしたその時、真上に男の顔があった。

悲鳴を上げそうになったが、その瞬間体が張り付いたように動かなくなった。ちょうど天井を見上げるような体勢になったままで。

まだ交差したままの足の、ヒザ辺りに痛いほど圧力が掛かっている。

あまりにも恐ろしかったので目を閉じようとしたのだがそれさえもできず、真上から覗き込む男の顔を見るはめに。

恐ろしい表情で血走った目をカッと開いて睨み付けてくる。そしてオカンが振り返ろうとしていた方向の床の畳を叩いている。

「ドン、ドン」

最初は強盗かと思い、パニックになっていたオカンだが、その男の顔を見て何となく「この世のものではない」と思ったそうだ。

そして頭の中でお経をとなえるとまぶたが動くようになった。目を強く閉じた。すると急に体が動くようになった。

今度はお経を声に出してとなえ、パーン!と大きく柏手(かしわで)を打った。目を開けてみると男の姿はなく、その痕跡すらなかった。

その後少しの間は何事もなく、そのアパートにだんだんと慣れていった。そんなある夜、床についているとまた

「どん、どん」

と音がする。

ハッと目が覚め、起き直り、枕の方に向かって座るような形になった。なぜか今回は金縛りにあうことはなく、体は自由に動くようだ。

何日ぶりかに現れたその男は、相変わらずもの凄い形相でオカンを睨み付け

「どん、どん」

と畳を叩き続ける。

向かいあうように布団の上に座り、オカンは怖さと、やはり軽いパニックと、さらに自分が暴走しそうになるのを抑えつつ(なんで?なんで??)と思いながら、その男を見つめ続けた。

やがてその男が消えたのか、途中で自分が眠ったのかわからないが、次に気がついた時にはもう朝で、布団の上で動物のようにうずくまっていたそうだ。

さすがにこたえたオカンは、実家の父親に電話した。話を聞き終えるとしばらく黙り込み、

「大家さんに話して床をめくってもらえ」

と言った。

いきなりこんな話を持ち出して信じてもらえるかどうかは疑問だったが、早速オカンは出勤前に大家さんに話してみた。

意外にも大家さんはすぐにそれを聞き入れた。ただし、他の住人には内緒にしてくれとのこと。

仕事先には適当な理由を告げ、午後に早退、大家さん立ち会いの下、業者を呼んでもらい、畳と床板をめくった。

その時、オカンは震えが止まらず、逆に大家さんは大粒の汗をぬぐっていたそうな。

いよいよ土を掘り返すと、業者の「うぁ…」という低いうめき声とともに一体の人骨が現れた。

ある程度の予想はしていたにもかかわらず、いざ現れるとさすがにショックだったと言っていた。

大家さんも心当たりがあったのか予期していたのかはわからないが、すぐに近くのお寺に連絡がゆき、骨は丁重に葬られた。

母は大家さんのはからいで空き室へ移動し、重ねて口止めをされたらしいが実家の父親には電話で報告を入れた。

祖父は

「おまえが自分の上で寝ていたので、怒って起こしに来たんじゃないか」

と笑っていたらしいが、すぐにまじめな声になり

「自分に気付いてくれる人間が来たからだろうな」

とも言っていたらしい。

この話には後日談があり、それからしばらくしてからの事なんだが、オカンが仕事からの帰り道、けたたましくサイレンを鳴らして消防車が通り過ぎた。

気付くと西の空が赤く、そしてもやっている。

(ひょっとして…)

急ぎ足で帰ってみると、イヤな予感は当たっていた。火事になったのは、オカンが住んでいるアパートだった。

アパートはほぼ全焼、家具や家に置いてあった物は全部灰になってしまった。そして焼け跡の土の下から、何体かの人骨が発見されたそうだ。