
03/12/25
米軍キャンプに、前線に送られる予定の黒人兵が集められていた。
彼らは武装しトラックで集団脱走。その数200人あまり。街は脱走兵たちによる婦女暴行、強盗、殺人で地獄絵図と化した。
五日後、正規部隊が市街戦を経て脱走兵たちを鎮圧。被害は届け出があっただけで70数件。
もちろんこの事件は報道されなかった。今から50年ほど前、日本で本当に起こった事件。
届け出の70数件はほとんど強盗に関してではないかと思います。当時のことですから、強カン事件は泣き寝入りだったのではないでしょうか。
今でもこの地方では色の黒い人が多いといいますが、真偽はわかりません。
私はこの街のとなりの市に住んでいます。この街に住んでいる友人もいますが、「事件」についての話は一度も聞いたことがありません。
日本は被害者なのに、なぜか隠蔽されているという恐ろしい事件です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/小倉黒人米兵集団脱走事件
103:03/12/25 04:34
その事件をもとに、松本清張が『黒地の絵』という作品を書いているようですね。
そのうち読んでみようかの。
引用元:http://mimizun.com/log/2ch/occult/1067850843/

コメント
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本コメ103がいうように、松本清張が『黒地の絵』を発表しています。妻を黒人兵にゴウカソされた男は妻を離婚し(ひどい話だ)、その後、朝鮮の戦場から搬送されて来るアメリカ兵の遺体処理の仕事をするようになる。そんなある日、彼が担当した遺体は黒人兵で、その体に入れられていた卑猥な絵柄の入れ墨は、間違いなく ''あの夜'' に襲って来た時に見た黒人兵のものであった。怒り狂った彼はその遺体に力任せにメスを突きつける。そんな内容だったと思います。
今は、有難いポリコレ思想のおかげでこんな小説は大っぴらに刊行するのは難しいのではないでしょうか?
北九州で朝鮮戦争の戦死者の遺体処理が行なわれていたのは事実です。一銭五厘の赤紙で徴兵して、戦死してもろくに将兵の遺体回収もしなかった日本軍とは違い、アメリカ軍は、キリスト教では遺体を土葬する事もあり、可能な限り戦死者の遺体をより完全な形で収容し、遺族に返還していました。そのための施設が北九州に設けられ、日本人の医学者や人類学者も動員されて作業に当たっていました。既に高度な腐敗や白骨化した遺体もあり、個人識別は大変だった由。その時の実体験を人類学者の埴原和郎博士が中公新書に書いています。
やっと最近声を上げる人も出てきたが、それでも色々言う輩はいまでもいる
他国に侵略されたらこうなりますよ
という見本
さすがへそ吉どん博覧強記。
勉強家だわ
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