公園

11/05/23
私が大学生の頃の話。

帰りにタバコを買おうと思って足を止めたときのことでした。6~7歳位の女の子がそばに寄ってきたのです。

「こんにちは」

私は変な子だなと思いましたが一応

「こんにちは」

と返しました。

「なにしてるんですか?」

「何ってタバコ買おうとしてるんだけど」

妙に話しかけてくるその子に、私はついそっけない態度で接していました。私が財布を出しタバコを買い終えるまで、その女の子は

「いい天気ですね」

とか

「何年生ですか」

とか話しかけ続けてきました。
私は適当に答えていました。

私がそこを離れようとするとその子は

「お母さんが呼んでるから来てください」

と言って私の手を引っ張るのです。私はいよいよおかしいと感じました。私に用があるとでも言うのでしょうか。

私はなんとかごまかして帰ろうとしましたが、女の子はこちらを振り返りもせずに

「呼んでますから」

と言い続け、私を連れて行こうとするのです。

私はその執念のようなものに引きずられるかのように、女の子の後に付いていきました。

『もしかしたら本当に困っているのかもしれない』

と思いもしました。

5分ほど歩くと少し大きめの公園に着きました。ブランコやジャングルジム、藤棚やベンチが見えます。

夕暮れ近いせいか、人影はありませんでした。

女の子は藤棚の方に私を連れて行きました。その公園の藤棚は天井の他にも、側面の2面にも藤が伸びるようになっていました。

中にはベンチがあるのでしょう。

女の子は

「お母さん連れてきたよ」

と藤棚の中に向かって呼びかけました。

私からは角度が悪くてそのベンチは見えませんでした。

中を覗きたかったのですが、私の手をしっかり握っている女の子を振りほどくのが、なんだか悪いような気がして出来ませんでした。

「すいません、うちの娘が」

と藤棚の向こうから声がしました。

普通の、何の変哲もない女の人の声でした。ですがその声を聞いた瞬間、全身に鳥肌が立ち、ヤバいという気持ちになったのです。

一刻も早くそこから逃げ出したくなりました。

「わたし、遊んでくる」

と唐突に女の子が言い、藤棚のすぐ向こうにあるジャングルジムへ向かって行きました。

私ははっと我に返りました。

「すいません、うちの娘が」

また、あの声がしました。
なんの変哲もない声。
今度は鳥肌も立ちません。

『気のせいだったのか…?』

私は意を決して藤棚の向こう側、ベンチの見える場所に、ほとんど飛び出すような勢いで進みました。

飛び込みざま、ばっとベンチを振り返ります。

…そこには少し驚いたような顔をした女性が座っていました。肩くらいまでの髪をした30過ぎくらいの女性です。

「すいません、うちの娘が」

彼女は今度は少しとまどい気味にそう言いました。

『…なんだ、普通の人じゃないか』

そう思うと急に恥ずかしくなり私は

「ええ、まぁ、いえ」

などと返すのが精一杯でした。

私はその後、その女の子の母親と軽く世間話をしました。天気がどうだの、学校がどうだのと、どうでもいい話なので省きますが。

母親も言葉少なですが普通に話していました。女の子は藤棚のすぐ隣、私の背後にあるジャングルジムで遊んでいます。

そろそろ日も沈もうかという頃合い。公園はオレンジ色に染まりつつありました。

私はふと、当初の目的を思い出しました。なぜ私がここに連れてこられたのか、です。

そこで

「あの、どうして僕をここへ…」

と問いかけました。
その瞬間です。

「チエっ!!」(仮名)

と、もの凄い声で母親が叫びました。恐らくあの女の子の名前。

私はばっと背後のジャングルジムを振り返りました。すると目の前に何かが落ちてきて、鈍い音と何かの砕ける音が足下でしました。

ゆっくりと足下に視線を向けると、あの女の子、チエという女の子が奇妙にねじくれて倒れていました。

体はほぼうつぶせなのに顔は空を向いています。見開いた目は動きません。

オレンジ色の地面に赤い血がじわじわと広がっていくのを、私はぼうぜんと見ていました。

『警察、救急車、電話…』

などと単語が頭の中を飛び交いましたが体は動かなかったのです。

そのとき女の子がピクリと動き、何事かをつぶやきました。まだ生きてる!と私は走り寄り女の子が何を言ってるのか聞き取ろうとしました。

「…かあ…さ…」

『お母さんと言ってるのか!?』

私は藤棚を振り返りました。ですが彼女の母親の姿はそこにはありませんでした。

そういえば…最初に叫んだときから母親はここへ駆け寄ってもきていません。助けを呼びに行ったのでしょうか。

「お…いちゃ…」

再び女の子がつぶやいたので私はそちらの方を向きました。

「大丈夫だから、お母さんが助けを呼んでくれるから」

と、そんなことを女の子に言ったような気もします。でも気休めです。どう見ても首が折れているようにしか見えませんでした。

私は今ここにいない彼女の母親に怒りを覚えました。

「おか…さんが…よんで…か…」

女の子はまだつぶやいています。

『…おかあさんが呼んでるから…?』

私は上、ジャングルジムを見上げました。

そこには、さっきの母親がぶら下がっていました。濁った目、突き出た舌、あまり書きたくない死人の顔です。

そして母親の外れたアゴがぐりっと動き

「すいません、うちの娘が」

後はあまり覚えてません。

私はその時に気を失ったのだと思います。私は気付くと夜の公園で呆けていました。

そのジャングルジムはその後取り壊されたと記憶しています。


引用元:http://5ch.net/