田舎の池

15/12/05
俺はある大学に6年いたんだが、これはその5年目の話。 
授業はほとんどなくてね。就職活動が嫌でダラダラしてたんだが、 
ずっと金欠なのにはまいった。バイトはしてたよ。便利屋の下請けみたいなこと。 
そこの便利屋は退職したジイサン3人でやってたんだが、体力のいる仕事の場合は、 
俺を含め、つてのある大学生に回してきた。不定期だったが時間だけはあった。 
で、そのときのバイトというのが、ある田舎家の清掃だったんだ。 
それと池さらい。これがすごいバイト料がよくて、2日間で5万。 
ちょっと考えられないような額だろ。このときに少し疑ってかかればよかったんだが・・・ 
メンバーは俺を含め3人、それと便利屋のジイサンが一人監督でついてきた。 
その人がハイエースを3時間運転して現地まで行ったんだよ。 
時期は8月の終わりで、大学はまだ夏休み中だった。 

着いた先は、まあ簡単にいえば廃村だな。過疎が進んで人の住まなくなった村。 
住所は言うのはひかえておくよ。廃村といっても、 
実際は年寄りが何世帯かはいたみたいだった。話をする機会とかはなかったがね。 
その村の小高い丘の上にある典型的な豪農の屋敷。 
世が世なら庄屋とか名主の家柄なんだろう。平屋だが20部屋近くあった。 
庭も広くてな。手入れされてない植木が雑草に埋まってたよ。 
9時に向そこに着いて、まず最初にやったのが池さらいだった。 
家の縁側にそってくの字に曲がった池があったんだ。 
水は緑色に濁ってて、生き物が住めそうには見えなかったな。 
ジイサンは、「ここは水抜き穴もあるし、ポンプも持ってきてるけど、 
このままだと詰まってしまってどうにもならないから、これで大きなゴミをさらい出して」 

そう言って、かなり頑丈な柄つきの網を3本取り出した。 
それで、さらったゴミは木箱に詰めて持ち帰るっていう。 
ジイサンの一人が、夕方頃に木箱を別の車に積んで持ってくるってことだったんで、 
それまでさらったものは、池の脇の草の上に積み上げておくことにした。 
でな、2人と1人にわかれて両端から池をさらい始めると、 
上がってくるのは全部骨だったんだよ。犬といっても、大型犬はなかった。 
小型犬やら猫、あるいはイタチとか山の野生の動物の骨。 
まあ俺にその区別がつくわけじゃないが、頭蓋骨の形で人間のものでないことはわかった。 
1回網を入れると、ずっしりという感じで藻で緑に染まった骨が上がってくるんだ。 
それをザラザラと池の脇に積み上げていく。 
まだ暑い時期だったから大汗をかいたよ。骨はいくらでも出てきたんだ。 

何十体、いや百体近い小動物の死骸が投げ込まれてたってことだな。 
これをさらうだけで、コンビニ弁当の昼飯をはさんで4時間はかかった。 
ある程度までさらったところで、水抜き栓を開け、さらにポンプを使って水を草むらに流した。 
底が見えてきたが、泥がたまってて、その中にも何本も大小の骨が沈んでたな。 
そういうのも泥と一緒に全部拾い上げてるうち、 
2台めのハイエースが大きな木箱を2つ持ってきた。 
それにさらった骨を入れてると、さすがにあたりが暗くなってきた。 
この日は泊まりだったんだよ。昼よりは少し豪華なコンビニ弁当が配られて、 
それが夕飯。その後は屋敷の一番庭に近い部屋に入って俺たち3人が泊まる。 
ジイサンら2人はそれぞれ車で帰ることになってた。 
夜の間に、さらった池に水を入れるって言ってたな。 

その部屋は掃除されてなおらず、まずホコリをぬぐって寝場所を確保するところから始めた。 
布団はなしで、それぞれ1枚ずつタオルケットを渡されただけ。 
それで寒いということはないし、むしろ暑いので雨戸はもちろん、ガラス戸も少しずつ開けてた。 
蚊が嫌だったし、蚊取り線香も渡されていたが、これがほとんどいなかったんだ。 
電気はついたけどテレビがあるわけでなし、ラジオも持っては来てない。 
これもジイサンたちから差し入れのウイスキーを飲みながら雑談してたが、 
10時ころには半ば腐った畳の上に寝た。昼の作業で、体が疲れきっていたんだよ。 
バイトは数々やったが、その池さらいはかなりの重労働だったんだな。 
でな、部屋の電気を消したとたん、ギィー、ギィーという音が頭の上から聞こえてきた。 
屋敷は広いけど平屋だから、上階からの音じゃない。 
「なんだよこれ。うるせえな」仲間の一人が言った。 

「家鳴りだろ、でなきゃ屋根の上に野生動物がいるとか」 
「家鳴りって、さっきまで聞こえてなかっただろ。風もないし」 
「猫がさかる季節じゃないけど、俺らの知らない山の動物かもしれん」 
「赤ん坊の泣き声みたいで気味わりいな」こんなことを言い合ったのを覚えてる。 
けど、その音は5分ほど続いてやんだんだ。それと同時に、俺はことっと寝入ってしまった。 
それから何時間ぐらいたったか、仲間の「うわーっ」という叫び声で目が覚めた。 
そしてすぐ電気がついた。「なんだよ。何かあったのか」俺が立ってるやつに声をかけると、 
「今、顔の上を何か踏んでった。小さいものだ」こう言った。 
「あー、やっぱ戸を開けてるから動物が入りこんだのか」 
「いや、動物・・・そうかもしらんけど、どうもなあ・・・」 
そいつは何だか煮え切らない返事をした。部屋の中を見渡しても何かがいる様子はなかった。 

その部屋から他へ通じるふすまは閉めてあったし、もし動物が入ってきたとしても、 
またガラス戸から出たのか、でなきゃそいつが寝ぼけただけだと思った。 
時計を見ると4時だったんで「もうすぐ夜が明けるし、暑くないから戸を閉めて寝るぞ」 
で、また俺は吸い込まれるように寝てしまったんだ。次に目が覚めたのは8時過ぎで、 
仲間は2人とも起きてて、縁側から庭の池を見ていた。 
俺が起きていくと、池の水が3分の1ほどたまってた。 
便利屋のジイサンの一人が来てて、車から小ぶりの箱を持ってきた。 
何をするんだろうと思ってたら、箱の中から金色の仏像、15cmくらいの小さなものだったが、 
それを3体、池の水の入った底に間隔が均等になるようにして立てたんだ。 
「あれ見ろよ」仲間が池の底を指差した。澄んだ水の底に、 
小さな足跡のようなのがいくつもあった。人間の、赤ん坊の足跡のように思えた。 

朝飯のおにぎりと牛乳をジイサンからもらって、その日の仕事を聞いた。 
家の中の拭き掃除ってことで見取り図を渡された。部屋数を考えて俺らはげんなりしたよ。 
ただし、トイレや風呂、その他にも掃除しなくてもいい部屋もあって、 
そこには入るなってことだった。雑巾とバケツを渡され、 
雑巾は汚れきったら捨ててもいいと言われた。それと奇妙なことだが、 
バケツの水は池から汲めって言われたんだ。言われたとおりにしたよ。 
一人が6部屋の担当で、ホコリのせいで雑巾はすぐダメになった。 
バケツの水もすぐに真っ黒になって、何度も草むらに捨て、池から汲みなおした。 
そんなこんなで、昼飯をはさんで全部終わったのが3時過ぎだったな。 
それからジイサンのハイエースに乗って、大学のある街に帰ったわけだ。 
着いたら6時過ぎてて、ジイサンは「あんたら頑張ったから、色つけてある」 

そう言ってバイト料の封筒を渡してよこした。中を見ると6万入ってた。 
2日で6万は、かなり疲れたがたしかに割はいい。だけど何か釈然としないものがあったんだ。 
それで、ジイサンが帰ってから3人で近くのファミレスに入った。 
金があるんでステーキを注文して、いろいろ話した。 
夜中に叫んだやつは「俺の顔の上を通ってたのは、赤ん坊じゃないかと思う」 
「だってよう、動物なら毛があるだろ。それがすべすべしてたし、なんかミルクのにおいもした」 
もう一人も「あの池さらい変だよな。何であんな動物の骨が入ってるわけ?それと・・・ 
これは違うかもしれないけど、形の残ってる頭蓋骨は犬猫のものだろうけど、 
くしゃっとつぶれたやつの中に、人間の赤ちゃんじゃないかと思えるのがいくつかあった。 
それにジイサンが池に沈めた仏像はありゃ何なんだ?変すぎるだろ」 
それから3人でいろいろ考えたが、はっきりしたことはわからなかった。 

ただ、何か赤ん坊に関係があることだとしか・・・ 
でな、これからのことは関係があるかはわからないんだが。俺はこの後、 
大学はなんとか卒業したが、就職はせずにアメリカに渡った。 
観光ビザで不法就労してたんだよ。向こうで女もできてな。 
結婚するつもりはなくて避妊してたんだが、子どもができてしまって。 
彼女は産むといってきかなかった。だから俺も向こうの人になる覚悟を決めようと思ったわけ。 
ところが、5ヶ月目に流産してしまって、それをきっかけに別れることになったんだ。 
日本に戻って就職した。ベンチャー企業でやりがいがあるし成功してる。 
結婚もしたんだよ。だけど2回妊娠して、2回とも流産だったんだ。 
医者の話では、女房の体に問題があるということではないようだった。 
でな、このバイトのことが気になるんだよ。俺以外の2人が今どうなってるかも。 


引用元:http://toro.2ch.sc/test/read.cgi/occult/1443066502/