不気味な人間

19/03/12
象が踏んでも壊れない超フリーターになって7年か8年か。

疲労感&脱力感と戦い続ける毎日の中で、細かいことは思い出せなくなってしまった。

そんな日々の中で出会った怪人たちのことを聞いてもらいたいんだ。(あらかじめ言っておくと今では俺自身が結構なモンスターだ。子供の頃見た街の変わり者にまさか自分がなるとはな byカズレーザー)


1.踊るおばさん

全国展開しているメガスーパーマーケットの倉庫がフリーター生活の出発点だった。

夜勤仕事を終え送迎バスを降りて早朝の街を自転車で帰宅しているとたまにその人に遭遇した。

薄明かりのなかを軽やかにステップを踏み手踊りしながら近づいてくる。小柄で、スポーティな服装だ。

進行方向に他者を感知すると(と思うんだけど)クルッと後ろ向きになりバスを誘導するバスガイドのようなアクションを見せる。

そのまますれ違い、顔を見たことはなかった。ただ、遭遇するたびに自宅に近づいていたのが少し気になっていた。

4回目に出会った時に初めて顔を見た。完全に無表情な中年女性だ。目はカッターナイフで3回切り込みを入れたような小さな目だった。

コミカルな動きと絶望仮面のような顔、何より自宅より徒歩2分くらいの場所だったのでこれはヤバイと思ったが、諸般の事情によりまもなくその職場を去り、生活パターンも変わってそれ以来遭遇していない。


2.トゥレットさん1号

同じ倉庫の作業員だった頃の末期、ひとりの新人の案内を任された。現れたのは巨体のおっさん。

まともな会話が続かない。会話が途切れるとすぐ意味不明の独り言が始まる。その間片腕をひらひら動かす運動が付随する。斜め上の夜空を見上げて笑いだした時は勘弁してくれと内心思ったよ。

精神関係の一般書は時折読むことがあったので、単語だけは色々と知っていた。

こいつトゥレット症(特定の言語や動作が止まらなくなる)なのかと思ったが、本当のところはわからない。

トゥレットの人は自分の症状に強い葛藤を抱いていることが多いそうだが、この人はそんな段階ははるかに超えているように見えた。

基本的な態度は横柄で、症状悪化前にはそこそこの社会的地位にあった人なのかもしれない。

自分のいた派遣請負会社では初出勤の日は各種手続きを覚えるために送迎バス必須だが、退勤時には女の人が自家用車で迎えに来ていた。

遠目でよく分からなかったが、母親とか姉とかの肉親のように思えた。以後自家用車通勤となった。

底辺職場に送り迎えつきで勤務する中年アルバイターというのも破格だろう。戦力としては、いない方が有り難かったが、俺も人のことは言えない。

まもなくその職場を去ったので、以後どうなったのかはわからない。

1号なのは、現在働いている職場に2号がいるからだ。


3.クマちゃん

数年前のこと、仕事を終えて帰宅中、ふとファミレスに立ち寄った。深夜だがまだ日付は変わっていない。

注文を済ませてスマホを取り出した時、なにかを感じた。何か、いる。店の中を移動している。

だがその時は疲れすぎていた。注文の品が届いてしばらく飲食に集中していた時、俺がいる喫煙室の入り口からひとりの女の子が入ってきた。

10代後半だろうか。結構でかい。子グマを思わせる体型だ。そして、ありえないほどゆっくりで、静かな移動。座席間をじりじり進んで、喫煙席の一番奥に座っていた俺の前に立った。卓を挟んで見つめ合うことになった。

もう彼女の顔を思い出せない。残っているのはその時感じた印象の断片だけだ。髪はショートの黒髪、顔立ちは整っている方だった。

こうなってしまう前は結構可愛いかったろうと思った。

目は…漫画とかで完全に絶望している人を表現するのに目の周囲を斜線で潰す手法があると思う。

本当にそういう顔を、そういう目をしていた。地獄に堕ちている人の顔だった。

20秒くらい彼女と見つめ合っていた。再びゆっくりと動き出し、喫煙室から出て行くまで、その娘の背中を注視することしかできなかった。

ああ、今の何だったんだ。周りの客は何故反応しない。関わり合いになるのがイヤだったのか、それとも俺にしか見えてなかったのか。

彼女の持っている異様な存在感を思うと、どちらのケースもありそうだ。とにかくすぐにここを出て

えええ?

また入ってきた。

先ほどのリプレイのようだ。こちらをまっすぐ見ながらゆっくりと近づいて来る。

やっぱり周囲の反応はない。卓の前に立つ彼女を見上げる。しばらくして彼女が初めて言葉を発した。小さな声で。

「あなたは誰なんですか」

一瞬考えて返答した。

「私に何か御用でしょうか」

さらに何秒か見つめ合って、彼女はゆっくりと踵を返した。丸まった背中が、寂しそうに見えた。

もう我慢できない。部屋から出て行った彼女を見届けて、支払いを済ませて自転車を走らせた。何がこんなに恐ろしいのか分からない。

彼女がどういう存在でも、苦しんでる女の子にかわりないじゃないか。失うものなどないような借金漬けの初老のフリーターのくせに、このビビリようはどうだ。

この夜のことを思い出しても、もう何も感じなくなったが、自分が人間のクズだということは、忘れないようにしている。


投稿者:空蝉様