鐘

57:
1/11[]投稿日:2009/10/14(水)00:13:34ID:RQVGJyVv0
あたり一面山だらけ。どこを見渡しても山ばかりという地方の出身です。

小さい頃からお世話になっていたお寺に「鐘(かね)」がありました。

「鐘」と書いたのには理由がありまして、それは布と縄でぐるぐる巻きにされていたからです。鐘をつく丸太もついていません。

なので、ある程度の年頃になってアニメの一休さんなどを見るようになり寺の隅の屋根つきの一角にあるべきものは鐘なんだな、ということがわかるようになります。

すると、そのぐるぐる巻きの中身は鐘なんだろう、と感じるようになるというぐらいで、誰も中身を見たことはありませんでした。


58:2/11[]投稿日:2009/10/14(水)00:14:56ID:RQVGJyVv0
小学生くらいの時には両親に

「なんでぐるぐる巻きなのー」

と聞いた記憶はあるのですが、両親も由来など詳しいことを知らず、両親が子供の頃からぐるぐる巻きであり

「ぐるぐる巻きの鐘」

と呼んでいたとのことです。当然中身も見たことがないということです。



すっかり時がたち、私は大学進学のため実家を離れます。夏休みに帰省をすると、田舎と言えど自分の家の周りにも多少は開発の手が伸びていました。

昔、自分の部屋であった場所、今は物置となりつつあるのですが、窓際から景色を見てみると昔とは眺めが変わっており、自分の部屋から「鐘」のお寺を見ることができました。

お寺は山の上のほうにあるのですが、自分の部屋からは裏の里山が邪魔をしていて昔は見えなかったことを思い出しました。

そうか、虫を取ったりアケビを食べたりしたあの山も無くなってしまったかと、寂しがりつつ、窓から寺を見ていました。


59:3/11[]投稿日:2009/10/14(水)00:16:34ID:RQVGJyVv0
寺は遠いので、自分の家からだと親指の爪程度の大きさに見えます。

夕飯時に

「裏山がなくなって寺が見えるようになったんだね」


という話をしました。すると両親からは自分が大学に入った直後くらいに無人化してしまい、法事と祭りの時だけ、別の大きなお寺から僧侶を呼んでいると教えられました。

ある夜のことです。一人暮らしに慣れてしまったせいか、自分の部屋だというのに枕が合わないような気がしてなかなか寝付けない日がありました。そのとき

「ぐうん」

と低い低い音が聞こえました。鐘の音?と思い窓の外に目をやります。満月に近い月の出ている夜でしたが、遠く離れた寺の鐘の様子など肉眼では見えません。

10秒ほど見つめていると、ほんの一瞬だけ人工的な光がチラッと目に入りました。気になって小学校のときから使っていた勉強机の引き出しを開けます。

母親が捨てていなければ、そこにあるはずの双眼鏡を探します。


60:4/11[]投稿日:2009/10/14(水)00:17:58ID:RQVGJyVv0
双眼鏡は昔のまま、そこにありました。

ホコリがついたレンズを覗き込むと、倍率は低いのですが暗がりの中にぼんやりと動く人のようなものが見えました。

3名ほどの人間が鐘つき小屋のところで何かしているようです。懐中電灯を持っているようですが、覆いをしているのか、ときおり周囲を照らすだけで様子がはっきりとは見えません。

見たところ、3人がかりで地面に鐘を降ろしたようです。先ほどの音は地面に落とした時の音でしょうか。

どうやら鐘つき小屋から鐘を出せないでいるようです。この鐘つき小屋には屋根と屋根を支える四方の柱があり、壁はありません。

しかし壁の代わりにその四方の柱同士が水平の柱でつながれています。水平の柱は四方のすべての方向につけられていますので、それが邪魔をして鐘つき小屋から鐘を出せないようでした。


61:5/11[]投稿日:2009/10/14(水)00:19:26ID:RQVGJyVv0
当時は金属の盗難が流行する前でしたので何をしているかわからず、私はただその光景を見ていました。

パジャマで双眼鏡のレンズをふき、暗闇にも目が慣れてきました。連中は鐘に巻きつけられた縄に木の棒を通し、2人で棒の前後を持って持ち上げるようです。

鐘つき小屋から出たか、というところで鐘が落ちました。2人が耳を押さえます。私がその光景を見た3秒後くらいに

「ごうん」

という音が聞こえてきました。鳥が飛び立つ音、犬が吠える声も聞こえます。

窓から見える家のいくつかに灯りがつきました。それを見て、また双眼鏡に目を戻すと連中の姿は消えていました。


62:6/11[]投稿日:2009/10/14(水)00:20:23ID:RQVGJyVv0
次の日の朝、といっても私は昼近くまで寝ていたのですが、母親から

「昨日の音、聞いた?」

と聞かれました。洗いざらいを説明するのが面倒だったので適当に答え、また部屋に戻ると双眼鏡を覗きます。

鐘つき小屋のところに何人かの人が集まっている様子だったので、何かおもしろいことはないかと、スーパーカブに乗って現場に向かいました。

境内(けいだい)には白い「わ」ナンバー(レンタカー)のバンが乗り付けられていました。そして鐘つき小屋の一段高くなったところの下に鐘が落ちていました。

警察の検証は終わったようで、犯人は車を捨てていなくなったとのことです。盗られたモノもなく、近隣の警察と寺、自治体に連絡しておく、とのことでした。

その一方で、僧侶の代わりに日ごろの運営をしている村の消防団の人たちが鐘をどうするか、という話をしていました。


63:7/11[]投稿日:2009/10/14(水)00:23:22ID:RQVGJyVv0

「もう1回かけるか」

「もうこのままにしておいたらどうか」

その話し合いを遠巻きに見ている人々の中に、A君のおばあさんがいました。A君は小学生の頃に一家で村から引越していったのですが、おばあさんだけが残っていました。

自分はすでにA君とは音信不通でしたが、おばあさんは孫と同い年の自分に良くしてくれるので、この年になるまでときどき家に遊びにいくという関係が続いています。

俺「お久しぶりです。」

婆「俺ちゃんか。泥棒じゃないかって。嫌な世の中だね。」

俺「鐘なんて売れるんですかね。」

婆「戦後は鉄くず屋が来て自転車でも買っていったもんだけど。」

俺「なんでも鑑定団なんかに出そうとしたのかな。」

婆「ごぜさんの鐘だなんてお金もらっても欲しくないわ。」

俺「ごぜさんの鐘?」
※瞽女(ごぜ)。女性の盲人(目の見えない)芸能者


64:8/11[]投稿日:2009/10/14(水)00:24:17ID:RQVGJyVv0
おばあさんから教えてもらったことによると、このあたり一帯では昔、盲目(もうもく)の子供が生まれると、男も女もごぜさんにもらわれていったとか。

男はまた別のグループに引き渡され、女はごぜさんとして一生を送ったそうです。

この鐘は遠い昔には普通の鐘として使われていたものが、いつしかごぜさんを呼ぶ合図の鐘として用いられるようになったということでした。

その日の夕食、両親との会話の中でごぜさんの鐘の話になりました。父親は役場勤務のため嫌でも耳に入ったようです。

私が「ごぜさんの鐘」というと両親とも「え」という顔になりました。

父「ごぜさんの鐘?」

俺「そう。ごぜさんの」

母「誰から聞いたの?」

俺「A婆から」

父「嘘だ~。本当にあったんだ。あれが?ぐるぐる巻きの。」

母「ねぇ。小さい頃は聞かされたもんだけど。」


65:9/11[]投稿日:2009/10/14(水)00:25:29ID:RQVGJyVv0
両親の話によると、ごぜさんの鐘とは確かにごぜさんを呼ぶもの。ただし鐘が鳴るのは盲目の子供が生まれた場合に限らない。

寒村(かんそん)では子供を育てるのに厳しい年もあり、※口減らし(くちべらし)をしなくてはならないこともあったとか。※経済上の理由から(養うべき)人数をへらすこと。

育てられない子供が出てしまった家では両親が子供の目を潰し鐘をついたそうだ。ごぜさんの旅は辛くとも、娯楽の少ない時代、行く先々では大切にされたそうだ。

そのうち、子供の目を潰すことができなかった両親が鐘つき小屋に子供を置き、ごぜさんの鐘をついて、連れていってもらうのを待つようになった。

当然ながらほとんどの子供は凍死する。住職は数え切れないほど多くの子供が冷たくなっているのを見つけ、その服を鐘つき小屋の柱に巻いて弔(とむら)ってやった。


68:10/11[]投稿日:2009/10/14(水)00:29:29ID:RQVGJyVv0
そのうち、ごぜさんの鐘の周りで子供の霊を見たとか、遭難したごぜさんの列が歩いているのが見えるとかいう噂が広まり、風の強い日には両手で耳を塞いでもごぜさんの鐘の音が聞こえると言って発狂する者まで出た。

これでは、ということで鐘つき小屋に残されていた子供の服と荒縄で鐘をぐるぐる巻きにして二度と鐘の音が鳴らないようにしたんだそうだ。

両親とも、子供の頃からごぜさんに連れていってもらうよ!という意味のおどし(悪いことをした子供への注意)として

「ごぜさんの鐘鳴らすよ!」

という言葉と上のような背景は聞いていたものの、まさかあの鐘が本当にそうだとは思っていなかったそうだ。


69:11/11[]投稿日:2009/10/14(水)00:30:31ID:RQVGJyVv0
この一件があってからもずいぶんたちますが、改めて思うことがあります。

日本から昔のままのごぜさんがすたれて久しい。歌や風習を伝える人はいても、本物のごぜさんはもういない。

日本のどこを探しても、ごぜさんが歩く列は見られない。しかしあの夜、ごぜさんの鐘を盗もうとした連中は鐘を鳴らしてしまった。

果たしてごぜさんは来たのだろうか。どこから?来たとしたら、連中はどこかへ連れて行かれたのだろうか。

警察の追跡を恐れて逃げ出しただけなのか。それとも。





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