不気味

08/09/21
幽霊とかそういうのでてこないんでスレチな気もするけど。田舎に帰ったときの話。

大学卒業後、俺は田舎から大阪に出た。

休みには帰省しようと思いながらもあまりの忙しさになかなか時間が取れない。親は無理しないでいいと言うのでお言葉に甘えて結局1度も帰省しなかった。

年はたち、さすがに仕事にも馴れて余裕ができたので5年ぶりに実家に帰ることにした。

帰る旨を伝えるとなぜかカーチャン頑なに拒否。おいおい、実の息子にそんなに会いたくないのかよ…と思いつつ俺も実家が恋しいわけでしつこく食い下がる。

すると今度はトーチャンが電話に出る。

「分かった、ただし少し家の環境は変わってしまってな…正直あまり見せたくない」

リフォームでもして失敗でもしたのか?と思いつつ俺は「おkおk大丈夫だって」と言い電話を切った。

そしていざ帰省。新幹線に揺られ、バスに乗り、電車を乗り継ぎ…ようやく到着したなつかしの実家。話とは違いパッと見は全く変わってない我が家、あたり一面相変わらず田んぼと山だらけ。

トーチャンカーチャンは電話での対応とは違い喜んでくれてた。そしてもう1人、家には親以外にも兄がいた。

兄も就職して都会に出てるはずなのにどうして?と思ったが俺は久々に兄に会えたことがうれしかった。

兄はいわゆる完璧超人で、顔も頭もよく人付き合いもいい、大手企業に就職、結婚もしている。自慢の兄でたぶんこの世で一番尊敬している。

ただ今ここにいる兄は俺の知ってる兄ではなかった。イケメンだった兄の顔はまるで別人のようになっていた。よだれを垂らし目はあさっての方向を向いて狂ったように亥の子(いのこ)唄を歌っている。

(亥の子唄ってのは地方民謡?というか亥の子祭りって行事のときに歌う歌です)

俺はなにが起こってるのか分からずぼうぜんとした。トーチャンに問い詰めると、どうやら俺が大阪に出てしばらくして兄は事故ったらしい。その後遺症でこうなったとか。

その後兄は離婚し、実家が引き取り今にいたるそうだ。両親は俺に兄がこうなってしまったのを知らせたくなかったらしい。

カーチャンは「ごめんね、ごめんね…」って泣いてた。トーチャンは黙ってうつむいてた。

俺はその日1日頭が真っ白というか何も考えられない、現実を受け入れられない状態だった。

夜になっても全く寝付けず、ボーっとしているとガラガラと玄関を開ける音が聞こえた。時間は真夜中の2時、こんな時間になんだと思い見てみると兄が外に出ていた。

俺はあわてて兄を追いかけた。すると兄は田んぼにズカズカと入り込むと昼間のようにまた狂ったように歌いだした。

「いのーこ いのーこ いのーこさんのよるは いーのこもちついて いわわんものは おにやじゃや つののはえたこうめ~」

俺はそのとき初めて(ああ、兄は本当に狂ってしまったんだな)と実感し泣いた。そしてすぐに両親に兄が田で暴れてると報告した。しかし俺の焦りとは裏腹に両親は冷静だった。

「大丈夫、ほっといても大丈夫やから」

俺は耐え切れず泣きながら兄を無理やり家に連れ戻した。

翌朝、両親に聞くとどうやら兄はほぼ毎日家を抜け出してるらしいがほっといても翌朝にはきちんと帰っているそうだ。事実俺が滞在した間、毎日夜になると抜け出し朝には戻っていた。

そして瞬く間に時間は過ぎ、いよいよ休みも終わりに近づき俺は帰ることになった。兄のこれからのことを父に聞くと

「〇〇(兄)のこと は心配いらん。そのう ち帰るとき が来る」

「えっ?」

意味が分からなかった。今でもその意味は分からない。

帰るもなにも兄はそこにいるじゃん。何を聞いても父はそれ以上口を開こうとしなかった。そしてそのときの父の顔をみて背筋が凍った。

薄っすら笑っている。

それによく聞くと「ヒ、ヒヒヒ」というしゃくりあげるような笑い声が口から漏れている。母も同様に笑ってる。

兄は後ろで相変わらず歌い続けている。その様子があまりに異様で俺は耐えられなかった。

「また時間が取れたらくるから」

と言い足早にその場を去った。