シャイニング

09/07/21
今の彼女と付き合いだしたばかりの頃の話。

当時俺は学生で、彼女は就職し一人暮らしをしていた。当然のように彼女の部屋に上がり込み半同棲状態に。

彼女には俺の前に付き合っていた元彼がいた。その元彼は彼女のことを引きずっているようで、しつこく電話を掛けてきたり、部屋の前で待ち伏せをする事もあった。

『俺がそいつと話そうか?』

と進言するも

『ダメダメ、あいつ体おっきいし何するか分かんないよ』

『警察に言った方がいいんじゃない?』

『んー、一応前付き合ってた人だし、私のせいで犯罪者にするのもね』

彼女に危害を加える様子はないとの事なので、それ以上無理強いはしなかった。
お盆休み、彼女は実家に一週間帰省した。『私いない間部屋にいていいよ』そう言われてた。

俺も実家に戻ればいいのだが、まるで自分が一人暮らしをしているようで嬉しかったのと、ゲーム機を彼女の部屋に持ってきていた事もあり、遠慮なく寝泊りさせてもらう事にした。

その日は彼女の誕生日の前日だったが、帰省中と重なるためお祝いできない。せめてメールだけでもと、12時にお祝いメールを送る事にした。

夜までずっとゲームをしていた。暑かったのでエアコンをつけ、電気はテレビの明かりだけだった。かなりゲームに熱中していた時

”ピンポーン”

突然チャイムが鳴った。時計を見ると11時半。誰だこんな時間に、そう思ったが世帯主でない俺は当然居留守を使う。

”ピンポーンピンポーンピンポーン”

常識のないやつだな、何時だと思ってんだ?

”ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーン”

しつこいな、誰もいないんだよ!

”ドンドンドンドンドン〇〇〇、オレー、いるんだろ?”

!!!元彼の奴だ!!!

しまった!彼女の誕生日だからお祝いに来たんだ!見つかるとどうなるか分からない、とにかくここはやり過ごそう。

ポーズボタンを押し、コントローラーを握ったまままんじりともせず、あきらめて帰るのを待った。奴はかなり粘ったが、12時を過ぎた頃コツコツと足音が遠ざかって行くのが聞こえた。

多分日付が変わると同時にお祝いしたかったのだろう。もう大丈夫と思い、彼女にメールするつもりで携帯を手にした。

”ギシギシ ギシギシ”

窓の方からなにやら軋む音が聞こえる。俺はぞっとした。嘘だろ?ベランダに登ってくる気か!この部屋は二階なので、雨樋をつたえば簡単に登れる。

とっさにテレビを消し、ベッドの影に隠れた。その直後、タンという音と共にシルエットがカーテンに写る。シルエットはうろうろと動きまわり、カーテンの隙間から中を覗こうとしているようだった。

”ドンドンドンいるんだろ?開けてくれよ”

奴は小声で呼び掛けてきた。

なんでいるって分かるんだ?ああ!エアコン入れっぱなし!ベランダでは室外機がブンブン回っているはずだった。

何度も何度も窓を叩き呼びかけてきたが、一向に出てくる気配のない事に痺れを切らしたのか、ガタガタとサッシを持ち上げ始めた。

それ位で外れるはずはないと思いつつも心臓はバクバクだった。いくらやっても開かないのであきらめ、ドンと窓を叩き、奴は再びギシギシと雨樋を下りていった。

つかの間静寂だった。

ベランダまで登ってくる奴の事、これ位で帰るはずがない。そっと玄関へ行き、ドアスコープを覗いた。

心臓が止まるかと思った。レンズには男の横顔がどアップで映っていたからだ。奴はドアに耳を当てて聞き耳を立てていた。微動だにできず、レンズから目を離すこともできなかった。

奴はしばらく中の様子をうかがった後、徐に屈み込んだ。パタンという音とともに郵便受けが開いた。

やばい!いくら郵便受けに傘が付いているとはいえ、真正面は見えなくても下側は覗き見ることができる。

気付かれないよう、見えるであろう片足を慎重に上げそっと壁に付いた。すると今度は郵便受けからグググとごつい手が出てきた。

どこから持ってきたのか、手には曲尺(かねじゃく・L字型定規)が握られている。そいつでどうするつもりだ?その手を凝視した。

手は器用に動かされ、曲尺は鍵に向かって伸ばされた。その様子から目が放せなかった。曲尺は何度も鍵をかすめ、ペチペチと音を立てた。

体はふるふると震えていた。息を殺し、変な格好をし続けたせいで、体力は限界だった。鍵も開けられるかもしれない。時間の問題だ。

どうする?どうすればいい?俺は必死に考えた。警察に電話する?警察がきたらどう説明するんだ?

奴は捕まる?いや奴は俺が不審者と言うに決まってる、奴は逃げる?俺は奴を知っている。警察に突き出す?彼女はどう思うだろう。

いっそ戦うか?奴は俺を見るときっと怒り狂う。俺が勝てるか?台所に包丁がある。そんな事したら絶対刺さなきゃいけない状況になるんじゃ?

どうする?どうする?
パニックになった。

考えても考えても最善と思える策が思いつかない。何度も盲牌を繰り返した曲尺は、確実に鍵を捕らえている。

焦りと恐怖と疲労がピークに達し、決断せざるを得なかった。

俺は思いっきり曲尺を持った手を上から蹴り下ろした。それと同時に掛かっていなかったチェーンロックを速攻で掛けた。奴はあわてて郵便受けから手を引き抜いた。

辺りはシーンと静まり返った。が、次の瞬間ドーン!という凄まじい音がマンション中に響いた。奴は怒りドアを蹴りだしたのだ。

俺はぼうぜんと玄関に座り込み、振動するドアを見続けた。ドーン!という音がするたび体がビクついた。

けたたましい喧騒の中、どこかのドアが開く音が聞こえた。住人が何事かと出てきたのだろう。その瞬間、奴が廊下を駆け出し階段を下りて行くのが分かった。

ドアスコープを覗いてみると、もうそこには誰もいなかった。

あれだけの音を立てたのだ、不審者がいれば誰かが通報するだろう。奴もそう思うに違いない。きっと今日はもう来ない。

俺はぐったりとベットに倒れ込んだ。帰ってきた彼女に事情を説明し、早急に引っ越すよう頼んだ。ただ彼女の気持ちを考え、昨夜の出来事全ては話さなかった。

引越しと同時に彼女は携帯も変えた。もとのマンションとは違う町に引っ越したが、何らかの方法で新居を見つけ出すかもしれない。