蟲師
13/10/03
長くなる妙な話。

出勤中に上から鳥が降ってきた。結構な大きさで茶色の色合いから多分鳶(トビ)かと思うが、それが目の前に落ちてきた。

ゴスッ、と音が響いた時はびびったが、その後それの対処に困った。結局、そのままガードレールの外の草村にどけた。

出勤して仕事も一段落したいつも通りの昼休み。ふと、その事を話してみた。

「やっぱりあれはちょうど寿命だったんですかね?」

それに年配者の多い職場の中で、比較的若く自分も兄のようにしたっている先輩は

「そうだとしても不吉じゃねぇか?」

とちゃかしそのまま盛り上がった。

しばらくしてこの職場でもっとも若い後輩が通りかかった。この後輩は色んな意味で一目置かれているので、先輩方も皆声をかけた。

もうすでに昼は食べたので腹ごなしに仕事の見直しに向かっていたそうだ。それを多少強引に阻止して強制的に話に参加させたのは、その場にいた全員が《色んな意味》で一目置かれる後輩の言葉を聞いてみたかったからかもしれない。

「な?ちょっとすげぇだろう?」

そう言って、また先ほどのように盛り上がろうとしたとき

「ああ!だからですか!」

後輩が声を上げた。

その場によく響く大きな声で少し興奮したかのように上げられたそれに、いっせいに後輩を見る。後輩は嬉しそうな表情で、手の甲にいつの間にか這っていたムカデをなでていた。

それなりの大きさのムカデを手に這わせなでている姿もある意味恐ろしいが、元から虫と話せるらしいと噂がある後輩なので違和感はなかった。

けれど後輩は納得したように何度もうなずいて、こちらを手で示す。

「先輩のカバンに軟膏があるでしょう?そこに何でいるのかなー?って思ってたんですよ。なるほど!それならそこにいても不思議じゃないですね。」

とっさに、後輩の言うカバン、もといウェストポーチを開いた。ケガをしたならオロナインという家族だったので、中に確かに軟膏は入れている。

円陣を組んだように座っていた自分たちの目の前に、小さいオロナインの容器を手のひらの上にのせ出した。

どういう意味なのか、理解できなかったからかなかなか開こうとはしなかった。しびれを切らしたのか、後輩が容器のフタを開いた。

その中には、灰色の粒があった。綺麗な川にあるような小石にも似たそれは、よく見ると小さな黒い毛のような物が蠢いていた。

「…ダニ?」

誰が言ったのか分からなかったが、それは確かにダニだった。よく犬についているのをみるような、そんなダニ。

「もらいますね~。」

それをひょいとつかむと手のひらに転がす。後輩は特に何を気にした様子もなく、手のひらの上でコロコロと転がるダニを見ている。

「おなかいっぱいのようですから動けないんですね~。」

そんな事を言う後輩の手のひらにムカデが移動する。そして、後輩と同じく何の疑問もなく丸く膨らんだダニを、飲み込んだ…のだろうか?そう見えた。

「まあ、なっちゃったみたいなんでもらっちゃいました。」

そう言って後輩は頭を下げた。

「食べ癖は、ない方がいいですけど仕方ないですよね。もうなっていましたし。」

自己完結したようなそれに答えられなかった。後輩はそのまま仕事の見直しに向かっていった。

正直、頭が追いついてない。なぜムカデにダニを与えたのか。何が何になったというのか。なぜ軟膏を持っていてそこにダニがいることが分かったのか。

何よりも、新調したてのきちんと閉めていたウェストポーチのフタのきちんと閉まった軟膏の容器の中にダニが入っていたのか。

疑問は尽きないが、漠然とムカデよりも後輩よりも、そのダニが自分は恐ろしかった。


246:本当にあった怖い名無し:2013/11/12(火)05:55:53.72ID:at9Pxopn0
鳶が死んでダニになったのか

なぜオロナインの蓋のなかに入ってたのかが謎だな。オロナインは出勤からその後輩に会うまで開けたんだろうか?

なったってのは、ダニというより霊的な存在になったって感じか

そのムカデは飼ってるのか?
不思議すぎる話だ

蟲師ってやつなのかな


336:虫と話せる後輩の話:2013/11/17(日)19:49:45.97ID:z5zaqacU0
結局、「なった」とはどういうことなのか?鳶はどうして死んだのか、ダニは何だったのか。あしらわれたり不快にさせる覚悟でしつこく聞いてみた。

昼休み、田舎の方で一応工業系の職場だから敷地内に緑は結構多い。天気のいい日にはひなたぼっこをしていると聞いて、先輩に教えてもらった場所をみたところ光合成してるようだった。

まあ、とりあえず食後のおやつの袋を片手に近付いて、話しかける。世間話を少しした後に、意を決して聞いてみた。

後輩は渋った。

何度かはぐらかそうとしたが、すっ、と。差し出したお供え物は、さけるチーズとウィルキンソンのシンジャエール辛口。一応、いくらかのリサーチはしたつもりだったので好物を持ってきたのだ。

供え物と頭を低く、土下座しそうなまで下げつつある姿をいくどか見比べ。

「……一応、当事者…か、」

ぽつりとこぼした言葉に、頭を上げて後輩をみると、お供え物を手にしてあきらめたように笑っていた。ガッツポーズをした自分はきっと悪くない。

ここから覚えてる程度に後輩の言葉を再現する。

「あれは、なった。つまりは【変異】した。『成った』ってことでもあり、昔からの癖で変わった言い方ではありますが、習慣の慣で『慣れた』という意味で『慣った』。

舌足らずだったんですよー。あれはですね。ひっかいてたんですよ。ガリガリ、ガリガリって食らうとか蝕むんではないんです。

それじゃあ取り込んでいるようなものなんで、鳶の性質とかもあるはずなんですけど、なかった。ガリガリって、引っ掻いて削った分を放り出して、居座っていた。

そんな、張りぼての鳶にダニがいて、彼は中にあったそれを血液と共に取り込んでしまった。中で再び中身のあるダニを引っ掻いて、削っていたんです。

中がなくなった鳶は先輩の目の前にたまたま落ちてきました。ダニに住み替えたそれは近くにあった住みやすい空白に飛び込んだ。そして削りやすい軟膏の容器の中に入りました。

引っ掻くだけのはずのそれが、食われ取り込まれてしまった事から、喰らうことを覚えた。蝕(むしば)むことを知った。まさしく、蝕むことに適したダニの器で食べ癖をつけて、次を狙っていたんですよ。」

疑問は、かなりの量だった気がするが、後輩が言った事は大体こんなものだった。そして、お供え物を手に立ち上がった後輩は一言。

「先輩、運がいいですね!」

背筋が凍った。あの場で後輩がいなかったとしたら、もしも、ダニに気づかなかったら。その瞬間に話の内容を漠然とだが理解した。そして、

「それ、とはなんだ?」

と聞いた。後輩はイタズラっぽく微笑むと、

「何でもない。あるから在るもの。人以上に在るべき理で、ただの%&#@ですよ。」

一瞬、何かにさえぎられたのか分からない。そこの言葉だけ、言葉として記憶に存在していない。口の動きも、言ったという事実も声も覚えている気がするのに、言葉で思い出せなかった。

ちなみに後輩は後にウィルキンソンのジンジャエールを炭酸嫌いの先輩に一口飲まれ、わめく先輩をよそに悲しそうな顔を浮かべながら

「うぃるきんそん…」

と、沈んでいた。
一口なら良かったんじゃないだろうか。


319:虫と話せる後輩の話:2013/11/16(土)22:08:42.25ID:afVzqtP60
先輩から、聞いた話をまとめました。

これは後輩が有名になったきっかけの話。職場には結構倉庫がある。その中でも地面の基礎の枠組みが石で作られた、古い倉のような内装の倉庫がある。

外装自体はトタンとかのよくある造りだが、中は先輩いわくかなり古い倉をそのままに使っているトタンの張りぼてらしい。

そこにはいまいち使われない用具が置かれていて、あまり出入りしない上に古い倉庫によくあることで、虫がすごい。

しかし、今考えるとここまで虫がわくのは異様なことでしかなく、この倉庫には何かしらがあったのではとは思うが、今言っても仕方ない。

クモの巣なんか無数に張り巡らされて、何も考えずに入ったら人が引っかかる。暖かくなると、歩くのに迷うくらいにGの絨毯がしかれることもあった。

そうじをしようにも大がかりになる上、扱いに迷うものが置かれているので、手の出しようがない。

そこに、使いを頼まれた後輩が入ったらしい。知っていても知らなくても大の男ですらその光景に叫び声を上げる倉庫に、後輩は無言のまま入って普通に出てきた。

一種の恒例行事で、新人を叫ばせることが目的だったのに普通に出てこられたため、先輩方も意地になったそうで熱心に倉庫に送り込んだが、全くの無反応。

燃え上がってしまった先輩方が思わず一言。

「あそこの虫、どうにかしてくれよ。」

虫の多さは環境によるものなのだから、そうじをすればマシになる。あの虫地獄の中で、一人ではどうにもできないような倉庫のそうじをさせようとしたらしい。

後輩はいつも通り倉庫に向かい、数分で帰ってきた。ニヤニヤする先輩方に後輩は

「仕事の合間に行うので時間がかかるがいいか?」

というようなことを言ったそうだ。もはや無駄に燃え上がった意地で、やっていることがイジメと化していることに気づいていない先輩方は了承した。

そこから休憩時間などで後輩を見かけなくなったそうだ。あまりにも見つからないので、件の倉庫に先輩方数人で行ってみると、中から後輩の声が聞こえてきて何かを叫んでいると言う。

それを聞いて文句や悲鳴を上げながらそうじしているのかと、先輩の一人が倉庫の中へ向かった。数分して、戻ってきた先輩はしばらく話せないほど動揺していたという。

それから倉庫に向かった先輩方は、中から後輩の声が聞こえるのでしばらく聞いたところ。

「そりゃまずい。」

の一言からいっさい言葉が聞こえなくなったので、倉庫の中を覗いたそうだ。

「セクハラなのか?」

の一言の後、見えた後輩は黒光りしていて、表面が蠢いていた、と。

「ゴ、ゴ、ゴゴゴ」

と、何の効果音かと思えるほどに繰り返した言葉に、続く言葉を察しながら倉庫に向かった。

「だーかーらー!ここにいても仕方ないし、ここにいるから台無しになるだけで、あっちへ行ったらどうにでもなるって!家に来てもいいから、ここから移住してほしいって言ってるんですよー!!!」

開いた倉庫の扉の中からそんな言葉が聞こえてきたかと思うと、倉庫の中を覗く頃には、静かになっていた。

中には不思議そうな顔をする後輩だけがいたらしい。不思議に思って中に入り、倉庫を見回したとき、全員で腰を抜かしたという。

後輩の背後、そこの影が異様に濃かった。後輩が身動きするごとにザザ、とうごめいた。そして倉庫内の暗闇すべてがそんな感じにうごめいていたという。

「どうしたんですか?」

と、なんでもないように問う後輩に触発されたようにその影が広がり、迫ってきたらしい。

そこからはほとんどの先輩方が気を失っていたのであまり確かではないらしいが、影は大量のGで、それが去った後はムカデにクモ、白蟻などなど、馴染み深い虫たちの大名行列だったそうだ。

それらが全部倉庫から出て行き、後輩は、気を失っていなかった先輩に。

「……内緒でお願いします!」

と、よくわからない要求をしたらしいが、すぐに目を覚ました全員に「虫使いだ」とか「虫と話せる」と騒がれる事態になった。

ちなみに、自分はそのとき弁当のソーセージと玉子焼のどちらを先に食べるかで迷っていた。