すずめ
10/06/27

『すずめにエサあげちゃだめですよ』

そう年下の先輩に言われたのは、以前の職場で働き始めて2ヶ月たった頃でした。

当時デイケアで働き始めたばかりの私に、指導係として付けられたチカちゃん。

チカちゃんは年上の後輩と言う扱いにくいだろう私に、親切に仕事を教えてくれる優しい女の子でした。

彼女と私は、動物好きと言う共通点から仲良くなり、はたから見てもいい関係を築けていたと思う。いつもニコニコしている彼女が、厳しい顔で言ったのが冒頭の一言です。

今頃の時期になると、すずめが巣立ったばかりの子供を連れてエサを探しているんです。

田んぼの真ん中にあるような田舎の職場なので、すずめの親子たちを頻繁に見かけました。かわいいな~と、忙しい仕事の合間にちょっと外を覗いては癒しをもらってたんですw

チカちゃんも同じだった様で、

「かわいいですよね~」

とゆるんだ笑顔で癒されてました。

「でもね、エサはあげちゃダメですよ?」

今まで笑ってたチカちゃんのいつにない真剣な表情に、ちょっとビックリした私。でもすぐに、ああフンとかで汚されたりとかあったのかな?と思いました。

しかし、次の一言で思いきり首をかしげてしまったんです。

チ「取られちゃうから」

(え…?取られるって何?)

私「…や、焼き鳥とか?」

チ「いやいやwそうじゃなくてw」

最初エサあげたりしたら集まってきたすずめを、誰かが『焼き鳥』用に捕まえるかと思った私w思いきり笑われました。

その理由は、以前働いていたチカちゃんの先輩がきっかけだったそうです。

チカちゃんの先輩は、私やチカちゃん同様かなりの動物好きだったらしいのです。その先輩がダイエットをはじめ、少しお弁当のご飯を残し始めた。

もったいないから、水でとかしてすずめに与え始めたのがきっかけだと言う。

最初はあまり近寄ってこなかったすずめ達も、エサが置いてある状況に慣れてきたようで、徐々にエサを求めてやってくるすずめも増えていったそうです。

だんだん利用者達もそのすずめがかわいくなってきたようで、時間があれば眺めるお年よりも。責任者も犬や猫とは違って特別手がかかるわけでもないので、とがめられる事はなかった。

だが、エサをやり始めて一年ほどたった頃、先輩はあるものを見つけた。

苑外行事で利用者や職員が出払ったおり、残った職員で普段手がまわらない場所をそうじする事になった。

先輩は施設の裏にある、一面砂利が敷いてある職員用の駐車場の清掃に。

砂利の間から伸びた草を抜き、捨てられた吸いがらを見つけてブツブツ文句を言っていた時にそれを見つけた。

一見枯れ草のように見えたそれは、手に取ってみると干からびた鳥の死骸だった。それが成鳥だったのかヒナだったのかは分からない。

恐らくすずめの死骸だっただろうと思い、先輩は駐車場のすぐ横にある花壇の側に埋めてあげたそうです。

私「その辺の気持ち、凄い良くわかるーw」

チ「動物好きはそうしますよねw」

私「でも何で死んでたんだろうね?すずめが集まってるから猫が来たとか?」

チ「私達も最初はそう考えたんですよ。でもね、おかしいんですよ。」

その清掃の数日後、今度は別職員がその死骸を見つけたと言う。同じように干からびた状態で、二羽分の死骸を。

チ「それでね、よくよく考えたら二、三日前にそうじしたばかりだから、猫に取られたとしても死んでからそんなにたってないわけじゃないですか?そんなに早く死骸って干からびないでしょ?」

私「そうだねー、しかも今と同じ梅雨時期だったんでしょ?」

チ「そうなんですよ!真夏ってんならまだ分かりますけどね。ジメジメした時期に…」

それでも一番可能性があるのは、別の動物から襲われた以外に考えられず、すずめへのエサやりはやめる事になった。

すずめをワナにかけてたも同然だと、先輩は一時相当落ち込んだらしい。(この辺も動物好きにはたまらなく分かる気持ちでした(;´∀`))

そんな理由があるなら仕方ないと思ったのですが、それだけではなかった。

すずめへのエサやりをやめて、ひと月が過ぎたぐらいから先輩にはある不思議な現象が起こり始めた。仕事をしている最中に、ふと視界の端に何か黒いものが映ると言う現象が。

何かがよぎったのか?とその黒い影を追ってみても何もない。この時チカちゃんも、仕事中によく振り返ったり首をかしげたりしてる先輩を見ていたそうです。

でもそれ以外には特別何も起こっておらず、他の職員も利用者も施設自体にも何もなかった。先輩も特には気にする事もなく、そのうち慣れてしまった様子だったとか。

職場では営業を終えた後、シャッターを閉めるんです。先輩以外が初めて異常を感じたのは、このシャッターを閉めている時に起った。

ガラス窓には全てシャッターがついていて、数名でシャッターを下ろす作業をしていた時。先輩がシャッターを下ろしたとたん…

バンバンバンバンバン!!
バンバンバンバンバン!!

明らかに人が外から叩いている音が施設内に響いたそうです。

すぐにその場にいた男性職員がイタズラだと思い、窓から叩かれているシャッターをのぞき見た。瞬間音が止み、窓から身を乗り出していた職員も目を見開いて中にいる全員を見た。

「誰もいない。」

今の今まで音がなっていたシャッター。誰かがイタズラしていたのなら、逃げていく姿ぐらい見れるはず。

みんなその事を分かっていたし、ありえないと思っていた、が誰も言葉に出来なかった。しんっと静まり返って、なんとも言えない空気が漂った。

この日休みだったチカちゃんは、翌日話を聞いて震え上がったそうです。

チ「凄い怖かったですよ!今まで普通に働いてた場所で、そんな異常なことが起こるなんて思わないじゃないですか。」

そりゃそうだ、そして今私がその気持ちですwその日シャッター閉めるのが、めっちゃ怖かったの今でも覚えてますww

ウチのデイケアって、病院が運営してるんですよ。なのでデイ施設は病院の隣にあるんです。

まあそんな関係から病院じゃ色々あるのは想像つくし、利用者の中で亡くなった方だっているわけで。みんなビビリまくったけれど、取り立てて何かをする事もなかった様です。

その後も事務所にある神棚の榊(サカキ)が倒れてきたり、誰もいないデイルーム内で物音がしたり、片付けてあったリハビリ用の道具が勝手に落ちたりと色々。

チカちゃんもその当時、ちょっとした体験をしてるそうです。しかし自体が大きく急変したのは、やっぱりその先輩の前でした。

変な事が起こり始めて2ヶ月弱たっていたので、もう夏の暑さがひどくなっていた頃。営業終了後、デイルーム内の清掃や翌日の準備をしていた職員達。

その間はやはり暑いので、全てを終えて帰る寸前までクーラーは入れていた。なので全部の窓は閉められており、室内は過ごしやすい温度が保たれている。

そのはずなのに、なぜか湿った空気を感じた先輩。

原因はなんなのか?どこか窓が開いてるのか?とあらかた終えた清掃の手を止め、あたりを見回す。

また黒い影が視界を横切った。ぱっと目をやった窓に、初めて黒い影をとらえることができた。

事務所側の窓、その先はあのすずめの死骸を見つけた職員用の駐車場がある。黒い影は窓の下のほうから少しだけ見えていた。

目を凝らし、徐々に近づいた先輩はそれがなんであるかに気づいた。それは、こちらを覗く人の顔だった。

鼻を窓枠に押し付けるようにして覗く顔は目から上しか見えない。雨も降っていない真夏日なのに、長い髪は濡れたように顔に張り付いている。

表情のない目は異様でおぞましく、先輩は全身が総毛立つと同時にある確信を持った。あのすずめの死骸、きっとこいつが食ったんだ!なぜかその時、先輩はそう思ったそうです。

絶対にこいつだ、こいつがすずめを食っていたんだ!と。その顔はぬるぬるとした肌で、緑がかった黄土色をしていた。

恐怖で、大声を上げて泣き出した先輩に驚き、他の職員もあわてて駆けつけた。その日は全員がパニック状態で、収拾が付かなかったそうです。

チカちゃんもその場にいたそうですが、顔なんて見てなかった。

先輩はその後、今まで自分の身に起こっていた事を責任者に話した。黙って聞いていた責任者には、心当たりがあった様で、すぐどこかに電話を入れた。

ややあって、呼び出された数名が一室にこもり、なにやら相談していたそうですが内容は今でも不明との事。

最終的に分かった事は、今デイが建っている場所は以前は民家で、その土地を購入しデイを建てたのだがその家には井戸があったそうなんです。

私自身この話を聞くまで知らなかったんですが、井戸をつぶす時ってお払いとかお清めが必要らしいですね。その神事を、どうやらやらなかった様です。

デイ完成直後も実は色々あり、あわてて地元の神主に助けを求めた。

一応応急処置のような事はしてくれたらしく、その後きちんとお祀りしていたので何事もなかった。

ここからはその神主さんの見解ですが、恐らくすずめをお供え物と勘違いしたあの顔が、急にお供え物を止めてしまった先輩に抗議しにきたんじゃないか?と。

しかも先輩が見たその風貌からして、もうあれは水神や龍神ではなく、魔物となってしまったのだろう。

おさえることが出来ても、完全にその存在を消してしまう事は難しい。上手く共存するしかないと、責任者に言われたそうです。

二年くらいで寿退社してしまったのですが、私は二年間何も経験しませんでした。今は大人しくしているのだと思います。

あと、すずめの死骸があった場所が井戸があった側だったようです。