1:名無しさん@涙目です。(チベット自治区):2011/08/20(土) 00:19:21.68 ID:3Xqg/m5B0
太平洋戦争における日本軍は広大な地域に大量の軍を派遣しており、戦争後期は
拡大しすぎた地域への兵站は伸びきり、戦局の悪化に伴い物資の補給もままならない状態が続いた。
兵士達は、食料などを現地調達せざるを得ない状況であった。
戦場における怪談の中でも、硫黄島では未だに心霊現象が絶えないと聞く。
硫黄島の戦いとは、1945年2月19日から3月26日までの、約一か月における戦いであり、
日本軍は栗林中将以下、ほとんどの兵が玉砕して果てた。
硫黄島における日本軍の戦法は巧妙であり、地下30メートルの場所に、
長さ18キロにも及ぶ地下壕で結び、今までに例のない粘り強い戦いを繰り広げた。
米軍は当初5日間でこの島を落とせると見ていたが、思いの他の激戦となった。
更に地下壕内では高温多湿で絶えず硫黄が沸いており、飲料水が絶えず枯渇していた。