
秋田・岩手の県境の山里に住む、元マタギの老人の話が怖くはないが印象的だったので書く。
その老人は昔イワナ釣りの名人で、猟に出ない日は毎日釣りをするほど釣りが好きだったそうだ。しかし、今は全く釣りをしなくなったのだという。これには理由があった。
あるとき、大きな川で片目が潰れた40センチを優に超える大イワナを掛けたが、手元まであと少しというところで糸を切られてしまった。マタギの老人は地団駄を踏んで、いつか仕留めてやると心に誓ったそうだ。
季節は流れ、夏になった。その年は天候が不順の年で、さとでは近年まれに見る不作の年になるのではないかと、まことしやかに囁かれていた。
半農半猟の生活を営んでいたマタギ老人も、今年はまず間違いなく凶作になるだろうことを確信していたのだという。